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「好き」を盲信して無駄死にしないために

ひとむかし流行ったこんなキャッチコピーがある。

 

「好きなことで、生きていく」 

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みなさんご存知のYoutuberがそれはそれは楽しそうに仕事をしているCMである。

この「好きなことで生きていく」という主張は、なにもYoutuberだけではなく、多くの自己啓発本にも似たような話はでてくる。

お金で大切なことは、人より稼ぐことでも、貯めこむことでもありません。自分の「本当に好きなこと」に使って後悔なく生きることです。ー「好き」を「お金」に変える心理学, メンタリストDaiGo

②人的資本は好きなことに集中投資する。ー幸福の「資本」論―――あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」 , 橘玲

こうした主張の理屈はシンプルだ。

それは好きなことをやらないとスキルが習熟しないからである。

確かに理解はできる。

しかし、単にこの理屈どおりに事が運ぶのであれば、好きなことで楽しく生きている人が世の中に溢れ、もっとみんながハッピーに暮らしているはずだが、実態はそうではない。

好きで生きていくにはいくつか乗り越えなければならないトラップがある。

そこで今回は「好き」で無駄死にしないためには、なにが必要なのかを考えてみる。 

 

トラップ1:ただの「好き」は超絶レッドオーシャン

Youtuber、ブロガー、サッカー選手、ミュージシャン、お笑い芸人...

皆が憧れるような「好き」はほぼ例外なく超絶レッドオーシャンなのである。

なにも考えず「好き」に突き動かされると、こうした赤い海で瞬殺され、屍として誰にも気づかれないままそこを漂うことになる。

そもそも「好き」とは、感情ドリブンのポジショニングである。

理屈でこうだから「好き」というわけではなく、「好き」という感情から始まる、いわばインサイド・アウトの考え方だ。

しかし、ポジショニングという考えた方自体がそもそも他の人たちがこうこうこういう価値を提供してるから自分はこのあたりにしよう、と位置づけるアウトサイド・インの発想である。

ポジショニングとは、ターゲット顧客の頭の中に、自社製品について独自のポジションを築き、ユニークな差別化イメージを植えつけるための活動。 顧客に自社製品のユニークな価値を認めてもらうことで、競合製品に対して優位に立つことを目的にしている。ポジショニングを検討する際は、顧客の視点に立つことが重要である。ーポジショニングとは|MBAのグロービス経営大学院

つまり、感情ドリブンであっても、それで食っていくには「好き」を受け手の価値へ編集していく必要がある。

さらには「稼げるかどうか」や「勝てるかどうか」、「ズラすかどうか」、「ビジネスモデルは成立するかどうか」といった、問いへの論理と理性でシミュレーションし、自らの答えをださなければならない。

「好きならいいんだ!」や「楽しければなんでもOKでしょ!」と言いながら、ただ気が赴くままに全生活を「好き」に傾けるのは、裸で戦場に立つようなものだ。

こうした人たちは真っ先に「好き」で無駄死にすることになる。

「好き」をただの消費活動から意味ある生産活動に変えるには、論理と理性で脇を固めることが必須なのである。

 

トラップ2:「飽きる」が考慮漏れ

「好き」に舵をきった人によくあるのがこんなパターンだ。

 

①好きなことやる

②飽きる

③続かない

④稼げない

⑤諦める

  

大前提として、人間の脳は飽きるようにつくられている。

ひとつのことに集中していたら外敵に襲われたとき逃げるのが遅れるからだ。

これは気合やガッツでどうにかできるものではなく、進化の過程で獲得された人間の習性なのである。

にもかかわらず、"職人気質"や"手に職"といった日本のムラ社会がつくりあげた幻想に踊らされ、「好き」を固定化し、結果的に飽きる。

また頑張ろうと決意するも、また「好き」を固定化し、また飽きる。

この繰り返しでどんどん追い詰められていくのだ。 

しまいには「好きなことですら続けられないのは自分がダメな人間だからだ」と自己嫌悪に陥り、諦めてしまうのである。 

 

トラップ3:「好きでは食えない」というイデオロギー

「我慢」ポジションを選択した人間は、「好き」ポジションをとった人間に容赦なく襲いかかる。

それは「好き」ポジションの人間を救うという正義の名のもと、「我慢」ポジションをとった自らの人生を肯定するためだ。

ムラ社会の掟は「好き」ではなく「平等」だからである。

ひとりだけ「好き」で人生を謳歌しようなんぞ、彼らは絶対に許したくないのだ。

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「好きで食えるほど世の中甘くない」

「好きで食うには類稀なるイチロー並の才能がいるんだ」

「いい大人が好きポジションなど恥ずかしい」

こうした言葉をくる日もくる日も浴びせられ、いつの間にかそれが世の中の真理のように感じてきてしまう。

しだいに自分の中で「やっぱり好きなことで生きていくのは厳しいんだ」と結論付ける。

 

「好き」とうまく付き合うためには

ではいったいどうすればいいのか。

 

結論からいうと、恋人も仕事も趣味も「好き」とは絶妙な距離感を保たなければいけない、ということだ。

自分の中にある「好き」を相対化し、一歩ひいて俯瞰するのである。

 

恋愛や仕事、食事だってそうだ。

「好き」な彼女と毎日一緒にいれば、セックスレスになるし関係もギクシャクしてくる。

「好き」なプログラミングを毎日終電過ぎまでやっていれば、PCさえも起動したくなくなる。

「好き」な焼肉を毎日食べていれば、さすがに魚が食べたくなる。

だからといって、距離をとりすぎてもいけない。

「好き」な彼女と1ヶ月連絡をとらなければ疎遠になるし、「好き」なプログラミングを3ヶ月やらなければコードが書けなくなるし、「好き」な焼肉を半年食べなければ胃もたれする。

近づきすぎたら「好き」は「嫌い」に変わり、離れ過ぎたら今度は「好き」が「不自由」に変わる。

「好き」という感情は扱い方が難しいツールなのである。

 

そもそも「好き」は静的ではなく動的なものだ。

人間の「好き」は日々移り変わる。 

巨乳を抱きたくなったら巨乳を抱くし、貧乳を抱きたくなったら貧乳を抱く。

プログラムが書きたくなったらプログラムを書くし、文章が書きたくなったら文章を書く。

焼肉を食べたくなったら焼肉を食べるし、寿司を食べたくなったら寿司を食べる。

どれもやりたくなければ今度は筋トレや散歩などそれ以外のことをやればいい。

 

逆説的だが、「好き」で無駄死にしないためには、「好き」すぎる状態を避けなければならない。

それで「好き」すぎる状態を避けるには、一にも二にも「頑張らないこと」である。

「頑張らないこと」は「好き」との絶妙な距離感を生み、「好き」を「好き」なままで居続けることができる。

さらには「頑張らないこと」が継続につながり、結果的に「頑張ること」を上回る。

これは嘘のような本当の話だ。

「好き」で潰れそうになる前に「頑張らないこと」を意識的に取り入れてみてはどうだろう。

 

 

おしまい

 

参考文献